昭和五十四年四月五日 朝の御理解
御理解第六十二節
「昔から人も良けれ我も良けれ、人より我が尚良けれと云うて居るが神信心をしても我が身の上のお蔭を受けて後に人を助けてやれ。神信心も手習いも同じ事。一段一段進んで行くのじゃ。にわかに先生にはなれぬぞ。」
我が身の上のお蔭を受けてとこう、先ずは自分が助かるとと云うことだと思うです。なかなか助かると云うことは色々意味が深いですから、例えば病気で助けて頂いたとかね、金銭のお繰合わせのお蔭を頂いたとか、人間関係の上にお蔭を頂いて助けて頂いたとか色々お蔭を受けると云うことは色々有ります。けども人が助かる程しの助かりとい云うこと。自分がお蔭を受けてそして後に人を助けてやれと云う様な助かりがやっぱりなかなか ならないなと云うことを思います。
昨日は神愛会でしたが皆さん先生方の話を聞いてまあそれこそお蔭を頂いたんですけれども、ちょっと一足遅れて熊本の山田先生がやって参りました。一足遅れたからと急いで来よったけれども、あの人は胃を切り取って居りますからやっぱり苦しい思いを体の上でしとるそうですがこちらにやらせて頂いてお便所を先ず使わせて頂いたそのお便所にやらせて頂いて有難いところから話を始めたんです。もう便所に行ってあの云うなら大小便のお取り計らいをを頂いて有難うして有難うしてから始めたんですけども、はぁ私共が合楽で合楽理念いわゆる人間は泥よりい出て泥に還えるのだから結局その道中とても泥の生き方で行かなきゃいけないと云うまあよく云いますけれども、大和先生の話を頂いて居ったらその泥からいでて泥に返るその中間がね、何とも言えん綿密と云うかね、自分の五体体を通してもとにかくお野菜一本取らせて頂くでも云うなら泥からい出てお野菜が出来てそしてそれが調理場に運ばれてそして私共の云うならば食べ物として頂かせて頂けると云うことのもうそのお土地の上に出来る植物とかいわゆるお野菜とかね、それを調理場迄運ぶ間の信心がね、そのなかなかもう実感として話されます。もう調理場ででもそのお恵の物というものを使わせて頂く煮らせて頂く切らせて頂くその事にもう信心がありそれが自分が食する時には尚更のことまとにかく有難づくめでありそしてそれが私の血肉にならせて頂いた時がそのお便所に排拙されてそれが又土にかえって行く、泥にかえって行く。だから何処をどう云うても不平不足の出るところが無いと云う話をしました。ねえ、そうですねえ泥から泥に返って行く、食物なら食物の話をです、だからもう何処をつついても不平不足どんが云えることではない。私共の信者にお野菜作りの信者が参って来るんだそうですが、もうこの人参って来る度にお天気が良かればお天気が良すぎると云い、雨が降りゃ降り過ぎると云うもう不平不足ばぁっかりを並べてそのもうお届けをする云うなら信者が居りましたが、段々私の話を聞いて不平不足を云わん様になりましたと。もうこの頃からもあの大風でビニール栽培をして居るそのビニールがもう吹き飛んで仕舞ってしよりましたけれども今度の月次祭に参って来てからもうとにかくにこにことしてその不平段じゃぁない、もうとにかく喜び一杯で御礼に出て来た。そしてお届けをすることが第一もう今年の私の方のメロンは形のよかこと形のよかこと恐らく日本一じゃろうと云うごたる素晴らしいメロンが成りました。と云うてその御礼を云うそうですから今日は不平不足がなかばいのちゅうてから云うたら、とても不平不足の出る段じゃぁないと、成程今度の風では相当の被害が有りましたけれどもそのお蔭を頂いて居ることを思うたら不平不足は無い云えないと云うことを云ったと云う話をして居りました。
確かにやっぱりお蔭を不平不足を云わねばならない様な事があっても喜びの方が大きいともう不平不足が消えて行くんですよね。私は我が身にお蔭を受けてと云うことはそういう事だと思うんです。云うなら不平不足を云わんで済むと云うこと。ね、もそれがね、例えば私共の様な目の粗い話じゃないんです。大和先生が話しますともう実感、もう感動一杯でそれを話す。泥から泥へ返るその中間の泥の信心をですねえ、しかもそれが信者に云うなら不平不足を云わせんで済む程しの教導が自分の身を通して出来て居るということ。先ず我が身にお蔭を受けてとね、先ず山田先生自身が不平不足の云い様のない程しの信心を頂いてそれを信者に伝えるからそういう風に伝わって行くのじゃないでしょうか。私共がお蔭がそれこそ昨日の御理解じゃないけれどもお蔭が少ぉしが恵よるともう不平不足を云う。だからそれが何時も流産になって仕舞よると云うことはないだろうかと云う昨日の御理解でしたよね。ね、ですからねもうほんとに折角ここまで育てていただいて居るのにそこに腹を立てた不平不足を云うたということになって云うならば流産云うなら真の帯をしていないからそういう事になる。やはりそれに徹することだ。
昨日山口の西市教会の永田先生が早うから見えとりました。でもう四時には発つたなきゃならんと云うので早く発表して貰ったんですけども、もうほんとに何と云うでしょうかね、純真と云うでしょうかなかなか純真な人です。それにもう今日はどう云うもんですかねえ、今日神愛会に出らにゃならんとこう思うとりましたけどももうお参りしたくなくてもうじ術のうして術のうしてしょうがなかったと云う話をしてました。お互いもそうですねえ、はあもう活きようようとと云うでしょうかねえ、喜び勇んでサアッと云う様な気持ちでお参り出来る時もありゃもう今日は術のうして術のうしてそれ参らんならんと思うたら余計術のうなる。ね、こりゃ神様のお試しを受けよるとじゃろうかと思うて御神前に出て一生懸命御祈念をさして頂いた。そしたら自分の座って居る姿がこう三角に見えた。上からこう三角、そしてその上から真っ白い灰がもう降り注ぐところを頂いた、御心眼に。はぁ親先生が何時も言われる様に合楽の御比礼は私の「ハイ」と云う言葉から私がもし家蔵財産を持って居るならばその家蔵財産は私の「ハイ」の中から生まれたと云うことを思い出させて頂いた途端にね、とにかくその湧いて来るもの、はぁ御神徳を受けると云う事はこの事だと思うたとこう云うんです。お参りはしたい、けど生きようようとお参りをして来るのも有難い。けども今日だけはどもこも参られないと云う事情が出来たり、又参りたくのうても術のうして術つのうして参ろうと思うただけでも術ない。それを云うならば押してお参りをする時にです初めて御神徳と云うものがあるんだ頂けるんだ、まるきりその御神徳と出合った様な感じが致しましたと云う発表を致して居りました。ね、そこに私は助かりが有る。
まだあちら十三日会が始められて二回目です。けれどもその十三日会とと云うと何とはなしに信者が生き生きとして来る。そしてやはり度を重ねるたんびにその十三日会の内容が分かって少しづつではあるけれどもその会にお話を聞こうと云う十三日会にお参りが多くなって行って居ると云う手紙が来ておりました。そうして云うならお道の教師先生としてお蔭を頂いて居ってもですこと神様に向かうのが術のうして術のうしてと云うことも有るんだけれども、ね、それを神様にお縋りさして頂いて、ははぁこう云う時にお参りをさして頂くと云うことが御神徳との出会いになるのだと云う話を聞かせて頂いて、確かにそうです。嬉しいの有難いのと云う時に誰だって参りますよ。又こればお願いせにゃいけんどうでんお参りせにゃんと云う時に誰でも何を置いてでも参って来ますよ。けれども気分の上にですもう今日はどげん思うても術ないお参りしようごとないと云う時も有りますけれども、そういう時こそが神徳との出会いだと云う頂方、聞きながら感心しました。
富永先生が先月の二十九日が何時も月末の御礼に出て必ず出て見えられます。丁度今日二十九日の御礼に出て帰ってからあのう神経 と云う様な大病された。昨日は丁度それから一年になるのでその時の事の発表もして居られましたが、もう感動でこれから先は話されんと云われました。ね、無い命を助かる。私は先生自身が頂かれたお知らせと思うとったらあちらんも総代がその時頂いたお知らせの話をして居られました。自分がその罪人になって捕らわれの身になって居られる。そこへまあ映画で見るあの水戸黄門の様な人が現れてね、それがもう上からそれこそ巨大な親先生が現れてねえ、その氏子はわしが貰うたと云うてその懐の中に入れらっしゃったと云うお知らせを頂いてほんとに親先生の懐の中で去年はお蔭を頂いたんだと、ねもうその氏子はわしが貰うた、もしわしが貰うたじゃなくてそれがそのまま逝って居ったらね、何処に行って居ったか分からない程しの中にお蔭を頂いて今日があり自分の助かりがそのまま信者の助かりに繋がって居ると云う意味のお話をね、やっぱり助かりと云うことはね、それこそ死ぬか生きるかと云うところから助かってこそ我が身におかげを受けてと云う実感が強くなるのじゃないでしょうか。ね、それを人へ伝えて行く。成程人が助かって行く筈だと思うんです。そこでね、私共がその我が身にお蔭を受けてと云うことがです、ね、先ず不平もう合楽にお参りする様になったらもう不平不足を云わんで済むようになったと云う私は山田先生のお話じゃないけれどもです、もう云おうにも云い様が無い。土からい出て土に返って行くその道中とても土の信心をせねばと言葉に云うことは要らんて。ね、お野菜一本出来るでもそのお野菜一本の中に大地の御恩徳と云うものがが満ち溢れて居る。それを調理場に持って行ってそれを切ったり刻んだり見たり味を付けたりさせて頂くと云うことももう山田先生の場合は泥の信心で受けて居られる。美味しいの美味しくないのなんてもう全然もう不平不足の出様がない。ね、その不平不足の出様のない信心こそ私は泥の信心だと思うんですよ。ね、やっぱり。それにはね結局んならそれまでのお蔭を頂く為に神様がその純粋さを求め給うと云うことが分かります。そういう有難い有難いと云う中にあっても、んならその永田先生の場合じゃないですけれども術のうして術のうして今日はもうとにかく今日又合楽までと思うただけでも術なかった。ね、そして自分の心を心機一転はぁここを辛抱師抜くと云うことが御神徳との出会いだと思うた時にです、ね、いわゆる「ハイ」と云う素直な心が生まれた。もうそれこそ有難い勿体ないでお参りが何時もよりも一、二時間早く参って見えて居られた。ね、そういう風に心がこう勇んで来るんです。その根本のところには「ハイ」と云う純粋さ、神様の前には云うならば純な素直な心が要ると云うことが分かります。そこから我が身にお蔭を受けてと云うことが言えると思うんですけれども。 昨日私は十二時昨日もう十二時ごろでした。遅くここへ出て参りまして御祈念さして頂いてどうしてもう昨日はあの先生方と夕食を一緒にして少し御神酒が過ぎて居りましたからもうぐっすり覚えず寝て仕舞っておった。ので目が覚めた時にはもう十二時と云う時であった。どうしてんならその侭寝たらもう後どうせ三時間位しか寝られんとじゃからあの寝とった方が良かろうごとあるばってん何故私は毎晩こうやって出て来るのだろうかと、じっと思うてみたら私はね、お願いをしなければならんからじゃないごたるですね、晩は。結局自分自身の心を整えておかなければならないからの様です。ね、皆さんが例えば御祈念をなさる。大祓信行をなさる。神様がままになんなさる。と云うだけではなくて自分の心の中にです、の神様が生き生きとして見えると云うこともです自分の心の中にです、云うならば有難いと云う心に整えておかなければならない。ね、又明くる朝の起床さして貰う時間に有難う目覚ましのお蔭を頂かなければならない為にも先ず心を整えておかなければ前には進まれない。はぁこれが私が晩夜中に出て来るのは勿論んならお願いせんかと云うとお願いすること、御礼を申し上げる事朝はもう殆どがお願いばっかりですからね、夜はまあ御礼に絞られて居る訳です。ね、けれどもその御礼を云うその心の中にです自分の心を整えておかなければならないから又紋付袴をなら付けさせて頂いて洗顔させて朝出て来る時と同じ様に云うならまあ面倒臭い様な感じもするけれどもそれを日日心を整えておく事の為に出てきて居るんだなと云うことを昨日はまあ強く感じましてね、はぁ信心の大事なところはこの辺だなと思うた。いよいよ我が身がほんとに助かることの為に何時も自分の心を整えておく。そういう精進、自分の部屋で拝んでも良い様なもんだけれどもね、そこに云うなら改まって御神前に出ると云うことがですその侭神様は修行として受けて下さるでしょうけれども先ずは自分自身の心が安らぐ、自分の心が助かる。自分の心の中に整えられるものがある。お詫びせなければならないところをお詫びする。御礼せねばならんところは御礼申し上げて自分の心を云うなら平生の平生心と云うですかね、我が心の定規と心は信心の定規じゃと仰られます。ですから私の夜の御祈念は自分の心に定規を当てる様な思いでお参りお届けを又は御祈念をさして頂いて居るなと云う風に思うんです。ね、そこからです私は身の助かり、身のお蔭と云う事になって来るその根本のところがそこにある様に思います。どうぞ。